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昨日の続き…。

前回の続きです。

今の時代は、人と人の繋がりや、人と自然の繋がり(人と、目に見えない何かとの繋がり)がどんどん断ち切られてしまっている時代かなと思う。

僕らが子供の頃(昭和40〜50年代)はまだまだ人と人との繋がりや、人と自然との繋がりがたくさんあった。

それは、先祖を、先代の想いを大切にし繋げてきた事が感じられた行事や行動が感じられたから。

人対人としては、親から子供へ、子供が親になった時、その子供へ伝える想いや家訓、物。

人対自然としては、季節の行事・近所の行事、神社仏閣のエピソード等。
八百万の神々が居た日本の自然が、心から、自然から無くなっていっています。
盆踊りや、お祭り、お墓参りとか、周りから無くなっていませんか?

自分の周りに、まだまだ面倒なほど残っているなら、幸せかも。

それが無くなってしまったら、
自分が子供の頃ワクワクしながら歩いたお祭りの夜店とか、提灯の下の盆踊りとかに行けなくなって、自分の子供に感じたワクワクが、自分の子供には無くなってしまうのは、どうも寂しい。
夏の神社の、木陰の涼しさとかね。
心の「豊かさ」がどんどん消えていってる気がする。

そんな地域の文化も無い、薄っぺらな社会は嫌だ。

目に見えない「何か」が、心を豊かにしてくれていると思えてしかたがない。
心が「根無し草」のようにふらふらしちゃう。

今、残す優しさと勇気が必要かな?

それを感じたことのある人しか、残す事は出来ないから急務だよね。

ちょっと脱線。

人対人に戻ろう。

心の中にある想いを、ちゃんと伝えていますか?
お父さん、お母さん、おじいちゃん、おばあちゃん。
愛する人、自分の子供。
想っているだけでは伝わらないのは分かっている。
でも、どのタイミングで伝えるかが難しい。

行動で表しても、それが伝わっているかどうか…。

「好きだよ」とか「愛してるよ」とか「感謝してるよ」とか普段は言えないよね。

それに、

子供たちを呼び出して、
「お前たち!自分はこう生きてきたから、こう生きたらいいぞ!」なんて事を言ったら
思いっきり引くか、様子がおかしいと思われるのが関の山。
っていうか、それが普通の反応。

これもいつ伝えたらいいか難しい…。

酒でも飲んで「がははっ!」と笑いながら子供を抱きしめながら言うのなら、
オヤジ酒飲んで変な事言ってる!程度で、記憶には残ると思うけど…。

本当は伝えたい…残したい…君たちの将来の為、僕が君達に想っている想い・感謝を…。

気持ちを伝える時、自分が精神的にナチュラルならいいけど、この社会じゃそうはいかない。イライラしたり、落ち込んだり…。
そんな時には、愛の言葉や感謝の言葉は出にくくなる。

本当はそんな時こそ必要なんだけど…。
流されて、自分を客観的に見られない事が多い。

本当は伝えたい…残したい…君たちの将来の為、僕が君に想っている想い・感謝を…。
そんな時、自分を客観的に見ながら感謝の言葉や愛の言葉をまとめておく場所、
そんな場所が必要だと思った。
それが「残り文」なんです。

今実際ウェブ上にあります。
ココです。
http://www.nokoribumi.net/

心に愛があると、どれだけ強く、自信になるか。
「愛されている」と知る事が、どれだけ心の安定につながるか。
「自分らしさ」が出せるし、心の自信になる。

何かの機会に「あっ!」と思ったら、使ってみて下さい!

残すと言っても、そんな何十年も先は僕だけでは伝えきれないから「家業」として
「相伝屋」を始めました。一家相伝で代々言葉や物を伝える家業です。
幸いに子供は3人居ますので直系なら4代目まで保証。

地域の文化保存に関しては、編集・グラフィック・オーサリングの経験を生かし残す手伝いをします。

写真は週末に足利公園に行った際撮ったものです。
下の山桜は、一番好きな花の一つです。
P1000598
P1000604


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